2026-01-12
33 それから彼らはカペナウムにきた。そして家におられるとき、イエスは弟子たちに尋ねられた、「あなたがたは途中で何を論じていたのか」。
34 彼らは黙っていた。それは途中で、だれが一ばん偉いかと、互に論じ合っていたからである。
35 そこで、イエスはすわって十二弟子を呼び、そして言われた、「だれでも一番先になろうと思うならば、一番あとになり、みんなに仕える者とならねばならない」。
36 そして、ひとりの幼な子をとりあげて、彼らのまん中に立たせ、それを抱いて言われた。
37 「だれでも、このような幼な子のひとりを、わたしの名のゆえに受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。そして、わたしを受けいれる者は、わたしを受けいれるのではなく、わたしをおつかわしになったかたを受けいれるのである」。 (マルコによる福音書 第 9 章)
33 They came to Capernaum. When he was in the house, he asked them, “What were you arguing about on the road?”
34 But they kept quiet because on the way they had argued about who was the greatest.
35 Sitting down, Jesus called the Twelve and said, “Anyone who wants to be first must be the very last, and the servant of all.”
36 He took a little child whom he placed among them. Taking the child in his arms, he said to them,
37 “Whoever welcomes one of these little children in my name welcomes me; and whoever welcomes me does not welcome me but the one who sent me.”
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イエス・キリストの弟子たちが、かれらの中で誰が神様によって一番高く評価されるだろうかと論じていた時に、イエス・キリストが与えた教えです.
一番高く評価されたい者は、一番あとになり、皆に仕える者とならなければならず、幼な子のようにならねばならないと教えられたのです。幼な子のようにイエスを受け入れる者は、神様を受け入れたことになると教えられた。
幼い子供は、親を信じ、無条件に受け入れるものです。そのような、素直な気持ちを持っている人間が高く評価される。世故にたけた、世慣れた心を持っている者は、神様に評価されない。この世は、悪魔の影響下にあり、悪魔の教えに従ってこの世の富や名誉を求めるのが普通の人間です。
しかし、神様の教えを信じ、それに従う者は、この世では、生きるための策略や悪知恵を持たずに、幼い子供のように自分の損得や利益を考えずに、愛や正義、真理に従って生きようとするものです。そういう心を、いつまでも失わない人間が高く評価されるということです。
誰でも自分がトップになりたいと思う。しかし、神様に認められるには、自分を捨てて、神様の教えを優先しなければならない。常に、自分の上には神様がいるということを意識していなければならない。
神様は、隣人を自分と同じように愛せと命じておられる。それなら、他人より自分を上に置くことは許されない。常に謙虚であれということです。
自分より貧しい人間や、弱い人間を下に見てはいけない。むしろ、そういう人間を助け、彼らに仕えてサービスをするようにならなければならない。つまり、人々の中で皆に仕えるような一番下の人間にならなければならない。ヒーローとは、弱者を助ける者です。
例えば、会社で社長になりたければ、会社の一番下の人間にならなければならない。首相や大臣になりたければ、最低の地位の役人にならなければならない。
この世で最も貧しい人間、最も弱い人間、最も愚かだと言われる人間でなければ、神様に高く評価されることはない。
この世の価値や基準は、悪魔の影響を受けている。悪魔は悪心を持つ者を評価する。悪魔は悪をなす者を高く評価する。そういう人間を悪魔は高く評価し、そして、一時的には富や地位を与える。しかし、最後には、悪魔はそういう人間を地獄に引き込む。だから、この世のエリートや富裕層に最も遠い人間でないと、神様の教えに従っているとはいえない。
むしろ、弱い者、貧しい者、愚かな者を愛して、彼らに仕える者が悪魔と戦って神様に従っていることになる。
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