「求めなさい。そうすれば、与えられる。」
2025-04-16


「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる」(マタイによる福音書 7:7〜12)

“Ask and it will be given to you; seek and you will find; knock and the door will be opened to you. For everyone who asks receives; the one who seeks finds; and to the one who knocks, the door will be opened."

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これは、楽観的姿勢(ポジティブ・シンキング)の推奨を意味する。あるいは、積極的生き方の奨励を意味する。常に希望をもって生きる姿勢が重要だ、という人生訓につながる。

ただし、世の中では、失望を味わうことが多い。八方ふさがりという事態に陥ることも多い。あるいは、やること、なすことが全て裏目、という局面もある。だから、生活保護状況に陥ったり、ホームレスになる人が出てくる。それでも、聖書を読んで、このイエスの言葉を知り、最後まで努力を続けて救われる信者は多い。キリスト教徒のホームレスは少ない。熱心な仏教徒も、救いに出会うことが多い。新興宗教などは、まさに、共同体として助け合いの精神を売り物にしている場合がある。

つまり、宗教を問わず、精神的な支えがあれば、人は相当の苦難にでも耐えられ、問題解決に漕ぎつけることが多い。ホームレスの中には、寺院や教会に助けられた経験を持つ人もいる。また、その宗教の人脈が助け船になる例もある。教会のおかげで、貧困ビジネスの手に落ちなくて済んだ、という人もいる。欧米の慈善活動は、キリスト教の伝統という裏付けがある。そして、この慈善活動の延長に、欧米の民主主義社会の福祉への取り組みがある。今の、日本国憲法は、戦後にキリスト教の伝統によるアメリカの民主主義の精神が反映している。だから、今の日本社会は、準キリスト教社会なのです。従って、今の日本人には欧米社会は身近であり、特に、アメリカ社会には良く順応できる。

これは、古代儒教社会と縁を切った今の中国社会が、日本社会と異質なものとなっているのと対照的です。韓国はまだ儒教の伝統はあるが、漢字文化を廃したために、古代中国文化の伝統・精神が失われ、東アジアの伝統文化からは乖離し、日本人とは連帯感のない社会になっている。そして、日本以上にアメリカ文化やキリスト教と結びついている。要するに、古代からの民族文化と東アジアの伝統を純粋に保持しているのは、日本であり、台湾がこれに続き、年配の韓国/朝鮮人や華僑だということになる。

いずれにしても、世界の主流の文化・宗教はキリスト教なのです。そして、日本の戦国時代、ヨーロッパのルネンサッス時代の末期からアメリカに進出したヨーロッパ人が、聖書に書かれている積極的生き方で、アメリカ大陸を征服し、今の超大国アメリカを発展させてきたのです。アメリカの成功自体が、イエスの「求めよ、そうすれば与えられる」の教えの威力を証明している。

野球でも、野茂、イチロー、大谷が新天地を求めて、アメリカに渡り、成功をつかんだのは、このイエスの言葉の威力を示している。

今の日本社会でも、多くの人が、病気になり、貧困で苦しみ、人間関係で悩み、社会的問題で苦しんでいる。しかし、絶望する必要はない。イエスの教えを正しく理解すれば、必ず闇の中に光がみえる。日本の伝統でも、「渡る世間に鬼はなし」という積極的な生き方をすすめる諺がある。また、「犬も歩けば棒にあたる」という一寸先の運命は分からず、幸運もあるという人生訓がある。また、霊能力のある人間や事物は幸運を呼び寄せるということを信じる人間も多い。心の持ちよう1つで、闇に光がさし、悲劇も解消する。

いずれにしても、死後は霊界に入り、物質的な苦労、肉体的な悩み、社会的な苦痛は全て消える。臨死体験した人は、ほとんど皆、霊界で健康な霊体を持ち、衣食住の心配のない生活、神様の霊の輝きを見ている。


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